AIと企業価値:M&A・上場でAIとITはどう見られるか

執筆:嵐 保憲更新 2026-10-25制度の最終確認 2026-10-25出典 6件

この記事の結論

M&Aや上場の準備では、AIやITは「どれだけ新しいか」よりも「一覧になっているか、ルールと記録があるか、特定の人に頼りすぎていないか」が確かめられることが多く、平時から整えておくと企業価値を説明しやすくなります。

M&A・事業承継・上場を控える会社の経営者の方に向けて、AIとITがどのように確かめられるかを一般的に整理しました。個別の案件での評価は、相手方や専門家によって異なる点をご留意ください。

この記事でわかること

  • M&Aのデューデリジェンスや上場準備で、AIとITの何が確かめられるか
  • 価値を下げやすい状態と、その整え方
  • 事業承継の前に整えておくことと、AI活用が価値の説明に役立つ場面

なぜM&Aや上場でITとAIが確かめられるのですか?

会社の業務の多くは、システムやデータの上で動いています。M&Aで会社や事業を引き継ぐ側、上場で株式を持つことになる投資家の側から見ると、ITの状態は次の点に関わります。

  • 事業を続けられるか:システムが止まったり、担当者が辞めたりしても業務が回るか
  • リスクがどこにあるか:情報漏えい、契約違反、法令への対応の不足がないか
  • 引き継ぎにどれだけ手間がかかるか:統合(PMI)にかかる期間や費用の見込み
  • 数字が信頼できるか:財務の数字を作るシステムが適切に管理されているか

近年はAIを業務で使う会社が増え、AIの利用ルールやデータの扱いも確認の対象に含まれることが増えています。

M&AのITデューデリジェンスでは何が確かめられますか?

デューデリジェンス(DD)は、M&Aの検討の過程で対象会社を詳しく調べることです。財務・税務・法務・事業などの調査に加えて、ITを対象とした調査(ITデューデリジェンス)が行われることがあります。調べる範囲や深さは、案件の規模や事業の内容、相手方の方針によって変わります。

一般的に確かめられることが多い項目は、次のとおりです。

項目主に確かめられること
システム使っているシステムの一覧、役割、作った時期、保守の状況、更新の予定
契約システムやクラウドの利用契約、開発の委託契約、ソフトの使用許諾の範囲、契約の引き継ぎの可否
データどこに何のデータがあるか、個人情報の扱い、データの持ち主と利用の範囲
セキュリティアカウントと権限の管理、多要素認証、バックアップ、過去の事故と対応
運用の体制社内の担当者、外部の委託先、手順書の有無、障害時の対応
属人化特定の人しか分からないシステムや作業がないか
AIの利用使っているAIの種類と用途、利用ルール、入力してよい情報の決まり、生成物の扱い
費用IT関連の費用の内訳と今後の見込み

このうちAIの利用については、社員が個人のアカウントで生成AIを使っていないか、顧客の情報を入力していないか、生成した文章や画像を外部に出すときの確認の手順があるか、といった点が話題になることがあります。個人情報保護委員会は、生成AIサービスに個人情報を含む内容を入力する際は、利用目的の範囲内かどうかや、入力した情報が学習に使われないかを確かめるよう注意を促しています。

なお、中小企業のM&Aの進め方や支援機関との関わり方は、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」(第3版)にまとめられています。

上場準備ではITとAIはどう確かめられますか?

上場の審査では、事業の内容や業績に加えて、会社の管理の体制が確かめられます。たとえば東京証券取引所のグロース市場の上場審査基準の概要には、「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」などの項目が挙げられています。

上場後は、財務報告に関わる内部統制を評価し報告する制度(内部統制報告制度)の対象になります。内部統制の基本的な要素の一つに「ITへの対応」があり、金融庁の企業会計審議会が2023年4月にまとめた基準の改訂では、ITの委託業務に関わる統制や、サイバーリスクの高まりを踏まえた情報システムのセキュリティの確保の重要性が記載されました。改訂された基準は、2024年4月1日以後に開始する事業年度から適用されています。

上場の準備の過程では、一般に次のような点が確かめられます。

  • 会計や販売などのシステムで、誰が何を変更できるか(権限の管理)
  • システムの変更や更新の手順と、その記録
  • データのバックアップと、障害が起きたときの対応
  • 外部の委託先の管理
  • 情報セキュリティの規程と、その運用の状況

AIを業務に使っている場合は、AIの出力を財務の数字や開示の資料に使うときの確認の手順、利用ルール、記録の残し方も、管理の体制の一部として説明できるようにしておくと安心です。具体的な範囲や方法は、監査法人や主幹事証券会社などの専門家とご相談ください。

価値を下げやすいのはどんな状態ですか?

M&Aや上場の場面で、確認事項が増えたり、懸念として扱われたりしやすい状態と、その整え方を整理します。

状態懸念されやすい点整え方
システムや契約の一覧がない全体像がつかめず、調査に時間がかかるシステム・契約・費用を一つの表にまとめる
特定の担当者しか分からない退職や引き継ぎで業務が止まるおそれ手順書を作り、担当を2人以上にする
アカウントの管理があいまい退職者のアカウントが残る、権限が広すぎる定期的に棚卸しし、不要な権限を外す
生成AIの利用ルールがない情報の持ち出しや、権利の問題のおそれ利用ルールと入力してはいけない情報を決める
個人のアカウントでAIを使っている情報の管理や記録が会社の手を離れる法人向けの契約にまとめ、管理者を決める
古いシステムを使い続けている更新の費用や、保守が止まるおそれ更新の計画と費用の見込みを作る
委託先との契約が整っていない成果物の権利やデータの扱いが不明確権利・秘密保持・データの返却の条項を確かめる
事故の記録がない過去の問題と対応が説明できない事故と対応の記録を残す仕組みを作る

いずれも、大きな投資をしなくても、一覧と記録を整えることで説明しやすくなるものが多くあります。

事業承継の前に何を整えておけばよいですか?

事業承継やM&Aを考え始めたら、次の順で整えておくと準備が進めやすくなります。

① 一覧を作る

システム、クラウドサービス、AIツール、契約、アカウント、IT関連の費用を一つの表にまとめます。「誰が管理しているか」「契約の更新日」もあわせて書きます。

② ルールを文書にする

情報セキュリティの規程、生成AIの利用ルール、入力してはいけない情報の一覧、パスワードやアカウントの管理の決まりを文書にします。総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン」は、AIを業務で使う事業者が気をつける点を整理しており、ルールづくりの参考になります。

③ 属人化を減らす

経営者や特定の社員しか分からない作業やシステムを洗い出し、手順書を作ります。経営者自身が管理者になっているアカウントも、引き継げる形にしておきます。

④ 記録を残す

システムの変更、事故と対応、AIの利用の状況などを記録します。記録があると、調査の場面で事実にもとづいて説明できます。

⑤ 契約を見直す

ソフトの使用許諾の範囲、委託先との契約の権利や秘密保持の条項、会社の主体が変わったときの契約の扱いを確かめます。必要に応じて弁護士などの専門家に相談します。

AI活用が価値の説明に役立つのはどんな場面ですか?

AIの活用は、整った形で記録されていれば、事業の強みを説明する材料になることがあります。

  • 業務の効率が数字で示せる:導入前後の作業時間や処理件数を記録していれば、生産性の改善を具体的に説明できます(「AIの効果の測り方」参照)。
  • ノウハウが仕組みになっている:社内の知識がマニュアルや社内検索の仕組みにまとまっていれば、属人化が少ないことの説明になります。
  • ルールと体制がある:利用ルール、推進の担当者、振り返りの記録があれば、AIを管理しながら使えていることを示せます。
  • 統合後の伸びしろが見える:引き継ぐ側から見て、AIの活用の方法を広げられる余地が説明できます。

ただし、評価の方法や重みは、案件や相手方によって大きく異なります。AIを使っていること自体よりも、効果と管理の状態を事実で説明できるかが問われると考えておくと準備の方向がはっきりします。

チェックリスト

関連するひな形・ガイド・用語

よくあるご質問

QITデューデリジェンスとは何ですか?

AM&Aの検討の過程で、対象会社のシステム、契約、データ、セキュリティ、運用の体制などを調べ、課題やリスク、統合にかかる手間を確かめる調査のことです。財務や法務の調査とあわせて行われることがあります。

QAIを使っていることは、企業価値の説明にプラスになりますか?

AAIの活用によって業務の効率や品質がどう変わったかを、記録や数字で示せる場合は、事業の強みの説明に役立つことがあります。一方で、利用ルールやデータの扱いが整っていないと、確認事項が増える要因にもなります。評価は案件や相手方によって異なります。

Q事業承継やM&Aの予定がまだ具体的でなくても、準備したほうがよいですか?

Aシステムや契約の一覧、利用ルールなどの整備は、日々の経営の安定にもつながります。予定が具体的になってから短期間でまとめるより、平時から少しずつ整えておくほうが負担が小さくなります。

Q上場準備では、ITについて何が確かめられますか?

A一般に、財務報告に関わるシステムの管理(IT統制)や、情報セキュリティ、内部管理体制が確かめられます。具体的な確認の範囲や方法は、監査法人や主幹事証券会社などの専門家とご相談ください。

この記事に出てくる用語

次の一歩

出典

  1. 中小M&Aガイドライン(中小企業庁)
  2. 財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)の公表について(金融庁、2023年4月7日)
  3. 同 意見書(金融庁・企業会計審議会)
  4. 上場審査基準概要(グロース市場)(日本取引所グループ)
  5. AI事業者ガイドライン(第1.2版)掲載ページ(総務省)
  6. 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について(個人情報保護委員会、2023年6月2日)

最終確認日:2026-10-25